今昔庵日記

某大学で臨床研究推進支援業務に従事しています。普段の業務に関連することを書き溜めていきます。

エーザイのE2082の日本人第I相試験 備忘録

 エーザイが開発中のてんかん治療薬E2082の日本人健康成人男性志願者を対象とした第Ⅰ相試験で,治験薬の投与後に被験者の1名が死亡したとのニュースが流れたのが2019年7月30日。あれから半月が経ちましたが,その被験者の死因,治験薬との因果関係,そもそも実薬群だったのかプラセボ群だったのか,追加の情報が一切出てきません。

 海外の治験情報サイトで拾った本治験の情報から,治験デザインなどを記録としておいておきます。

 時期的に推測すると当該被験者は反復第4コホート,1日1回15 mg投与群の一人か?

 詳細な追加情報が待たれます。

 

 

E2082 第Ⅰ相試験  安全性(QT延長作用も評価),血中薬物濃度を評価する試験。

https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT03402178

 

Part A:単回投与コホート

Cohort 1

Cohort 2

Cohort 3

Cohort 4

0.2 mg(絶食)

0.5 mg(絶食)

1.0 mg(絶食)

2.5 mg(絶食)

 

Cohort 5

5.0 mg(絶食)→washout→5.0 mg(食後)

 

Cohort 6

Cohort 7

Cohort 8

Cohort 9

Cohort 10

10 mg(絶食)

15 mg(絶食)

25 mg(絶食)

40 mg(絶食)

10 mg(絶食)

 

高齢者

 

Part B:反復投与コホート(1日1回投与,10日間反復投与)

Cohort 1

Cohort 2

Cohort 3

Cohort 4

2.5 mg

5.0 mg

10 mg

15 mg

Day 1 & Day 10:絶食,Days 2 – 9:食後

 

治験期間

2017年12月21日~2019年8月1日(予定)

 

死亡例(複数の新聞社の記事から)

10日間の反復投与の被験者。4日間の経過観察後に退院し、6/25に死亡。PMDAには7/3に報告。7/30に会社が公表。

 

採血ポイント(MADから一部抜粋)

Day 10の投与前, 投与後0.5, 1, 1.5, 2, 2.5, 3, 4, 6, 8, 10, 12, 24, 48, 72, 96(4日), 168(7日), 240(10日), and 336(14日)時間

 

選択基準

  • 20歳以上55歳未満の健康成人男性(SAD Cohort 10を除く),55歳以上85歳以下の健康成人男性(SAD Cohort 10のみ)
  • 非喫煙者か,初回投与日の4週前までに喫煙を止められる人
  • BMIが18以上30未満

 

除外基準

  • 治験の結果に影響する恐れのある,精神疾患,消化管・肝・腎・呼吸器・内分泌・血液系・神経系・循環器の異常,あるいは先天性代謝異常のうち,いずれかの兆候が初回投与前の4週以内に認められた人
  • 治験薬の血中薬物動態に影響する恐れのある,消化器手術(例えば肝切除,腎摘出,消化管切除)の既往がある人
  • スクリーニング時に,病歴,身体検査,バイタルサイン,心電図所見,または臨床検査によって,治療が必要とされる臨床的に異常な症状または臓器障害が認められた人

 

 

2018年ノーベル生理学・医学賞

2018年10月1日、スウェーデンカロリンスカ研究所ノーベル生理学・医学賞の受賞者を発表しました。がんの免疫療法への貢献を理由として、京都大学本庶佑特別教授が、米国のJ. P. Allison博士と共同受賞しました。

本庶先生が発見したPD-1(Programmed cell death-1)というタンパクや、PD-1をターゲットとしたがん治療薬ニボルマブ(販売名「オプジーボ」)、PD-1のリガンドPD-L1の方をターゲットとしたがん治療薬ペムブロリズマブ(販売名「キイトルーダ」)などが何故がんに効くか、これらの登場によりどのように多くの患者を救ったか、などは、既に多くの報道により見ることができますので、ここで受賞理由の解説はしません。

 

本庶先生とはお会いしたこともないし全く面識はないのですが、20年近く前から尊敬する研究者のお一人として、一方的に認識していました。本庶先生を初めて認識したのは、企業の研究員として新しい研究テーマを考えたいと思い、基礎・臨床、様々な医学系学会の活動を見たり実際に参加したりして、薬の種となりそうな研究を探していたころのことでした。日本免疫学会という、基礎系ではありますがアレルギー疾患や膠原病など、多くの人を苦しめている疾患の原因を奥深く研究している学会もその一つでした。

その日本免疫学会は当時(今も続いているかどうか存じ上げないので)会員向けにニュースレターという会報を配布していて、時期が経てば会員でなくてもウェブ上で読むことができるようになっていました。2000年のニュースレターと、そこからスピンオフしてウェブ上で繰り広げられた「独創的研究とは」という論争がとても心に残っていて、今でも読み返すことがあります。ウェブ上に派生したきっかけが、当時京都大学教授の本庶先生から提示された「独創的研究とは何か」という発言でした。ニュースレターに掲載された一つの意見に対して疑問を呈し、議論の方向性を整理されたうえで、本庶先生ご自身の研究哲学を明確にお示しになっています。とりわけ、末尾に挙げられている「6つのC」という言葉が大好きで、研究者として生きる者や研究者を志す者はぜひ一度、読んでほしいと思っています。

勝手ながら引用させていただきます。

 

好奇心 (curiosity) を大切にして、勇気(courage)を持って困難な問題に挑戦すること(challenge)。必ずできるという自信(confidence)を持って、全精力を集中(concentration)し、そして諦めずに継続すること(continuation)。その中でも最も重要なのは、curiosity, challenge, continuation の3Cである。これが凡人でも優れた独創的と言われる研究を仕上げるための要素であると私は考える。

 

同じご意見の中で本庶先生は、「“なんだろう?”“不思議だな?”という自らの問を心行くまで追求することが、研究者の楽しみではなかろうか。」と述べておられます。そこから始まった一つの研究が、治療薬の開発へとつながり多くの患者を救い、ノーベル賞受賞へとつながりました。本庶先生、受賞おめでとうございます。

2018年10月2日

 

特定臨床研究の該当性

2018年9月7日(金)8日(土)の2日間、一橋大学一橋講堂(東京都千代田区)で「第8回レギュラトリーサイエンス学会学術大会」が開催されました。臨床研究の計画、実施にあたって課題はたくさんありますが、最近のトピックはやはり臨床研究法(以下、「法」と書きます)の対応かと思います。この学会でも大会長特別企画シンポジウムが組まれ、施行されて半年たった現時点での臨床研究による影響や課題が共有されました。

臨床研究を実施するアカデミアの立場として最も大きな問題は、計画している、又は実際に実施している最中の臨床研究が、法の定める「特定臨床研究に該当するのか」の判断が非常に難しいことです。法は一義的に該当性が判断できるような基準を示しておらず、実施者側としては施行規則やQ&Aも照らし合わせながら該当性を考えています。しかし、やはりグレーな判断とせざるを得ないものが多いのです。従前は厚生労働省からは「該当性に迷ったら医政局研究開発振興課に問い合わせてほしい」と言っていたのですが、問い合わせが殺到したからなのか、個別の判断は厚労省であっても難しいと感じたのかは不明ですが、最も新しいQ&A(その4)で「認定(臨床研究審査)委員会において判断することが適当」(問58)、「認定委員会の意見を聴くことが望ましい」(問59)などと、相談窓口としての役目を放棄したかのようなことになっています。

また、私も職務上、研究者の先生方から特定臨床研究の該当性に関して相談を受けます。その際、「該当性を判断してください」という相談が多いのですが、私は認定委員会の委員ではなく、AROの立場で先生方の臨床研究の実施を支援している立場です。助言まではできるのですが判断することはできません。

実際、学会でも「最初の頃は答えてくれていたが、最近はたらいまわしに遭い明確な回答はもらえなくなってきた」といった意見がありました。フロアから「研発課が答えないのなら、だれが判断するのでしょうか?」と質問があがりました。認定委員会では荷が重いと感じますし、認定委員会にそのような判断を任せるようなコスト(審査料など)は支払われていないと思います。

特定臨床研究に該当するにもかかわらずその対応を怠った場合、法律違反として反則金が課せられるほか、公的研究費が一定期間得られなくなるなど、様々なペナルティが課されます。したがって、該当性判断は非常に重要なのですが、だれが該当性を判断するのか、その判断は妥当なのか、今は誰も責任が取れない状況なのです。

走りながら考え、経験を積んでいくしかないのですが、問題が起こった時の影響が大きいのが怖いところです。

医師主導治験の実施能力が備わっているような例えば臨床研究中核病院のような施設であれば、あやふやな法に惑わされるくらいなら医師主導治験として実施していきましょう、という決断も可能です。実際、そのような呼びかけをしている施設がありました。どこかで割り切ることも必要かもしれません。

 

2018年9月10日

禁煙による体重増加と、死亡との関係

2018年8月の医学系雑誌The New England Journal of Medicineに、米国在住の男女を対象に、禁煙によって起こる体重増加と、その後の健康、特に死亡との関係を調べた結果が、論文として発表されました。

Smoking Cessation, Weight Change, Type 2 Diabetes, and Mortality.  N Engl J Med 2018;379:623−632.  https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1803626

 

禁煙に伴い体重が増加することは知られていますが、その体重増加が、禁煙後の健康にどのように影響するのか(影響しないのか)はわかっていませんでした。

そこで、禁煙後の体重増加と、その後の結果として2型糖尿病との関係や、心血管疾患による死亡、又はすべての原因による死亡との関係が調べられました。糖尿病との関係については16万人超、死亡との関係については17万人超の米国人を対象に、調査が行われました。

調査の結果、禁煙して2年~6年の人たちが糖尿病になってしまうリスクは、タバコを吸い続けた人たちが糖尿病になるよりも1.22倍増えることがわかりました。禁煙後、5~7年くらいが糖尿病になるリスクが最も高く、それ以降は徐々にリスクは低下しました。また、そのリスクは体重の増加量と正比例し、また禁煙後に体重が増えなかった人では糖尿病になるリスクは高まらなかったという結果でした。

一方、禁煙後の体重増加と心血管疾患による死亡との関連は、禁煙後の体重の増加量により割合は変わりましたが、禁煙したほうがタバコを吸い続けた人よりも減少しました。禁煙して6年以上という長期間の禁煙成功者は、タバコを吸い続けるよりも心疾患で亡くなる割合が半分になりました。

この傾向は、心血管疾患に限らずすべての原因による死亡でも観測されました。

 

禁煙によって、口さみしくなり飴をなめたりガムをかんだりする人が多いようで、また食事も進みますので、体重が増加する人が多いという話を聞きます。その結果として、糖尿病に罹患してしまう人が多い可能性があります。ただ、禁煙後も食事を管理するなど体重が増えないように生活した人はやはり糖尿病にかかりにくいという結果でした。

心血管疾患とは不整脈心筋梗塞動脈硬化などのいわゆる生活習慣病であり、不整脈脳梗塞の原因ともなると言われていますので、死亡に直結しやすい疾患といえます。タバコを吸い続けるよりは禁煙したほうが、これらの疾患で死ぬ可能性が減るという結果なのですから、自らの健康長寿のためにも早いうちに禁煙することを強くお勧めします。

 

なお、この調査では喫煙習慣があって、途中でやめた人と吸い続けた人との間で比較されていますが、全くタバコを吸う習慣がなかった人との比較がありません。タバコを吸ったことは無くても、太った人はいます。生涯喫煙をせず体重が増えた人が、禁煙した結果体重が増えた人と比較して、糖尿病の罹患リスクや心疾患により死亡リスクがどうなるか、報告を待ちたいと思います。

 

より良い医療を届けるために、頑張ります。

2018年9月6日

男の下着:ブリーフかトランクスか

米国Bostonの研究者らが、男性が履いているパンツの種類と精子の生産能力(精巣の機能)の関係を調べた論文が出ていました。

Type of underwear worn and markers of testicular function among men attending a fertility center, Human Reproduction, Volume 33, Issue 9, 1 September 2018, Pages 1749–1756, https://doi.org/10.1093/humrep/dey259

 

これまで、睾丸の温度が上がると精巣機能が低下し、精子の生産量が下がることは知られていました。しかし、睾丸の温度と関係しそうな下着の種類と、精巣の機能との関係は調べられていませんでした。

そこで、米国BostonのMassachusetts General Hospital(MGH)という病院に不妊治療のために訪れた男性を対象として、過去3カ月の間で最もよく履いているパンツの種類を自己申告してもらい、その男性の精液を採取して分析しました。2000年から2017年まで調査が行われ、対象者は656名の男性で、年齢は18歳から56歳でした。

調査の結果、過去3カ月の間にぴったりフィットしたパンツを履いていたのが311名、ダボっとした緩めのパンツを履いていたのが345名でした。論文では、緩めのパンツをボクサー型(boxers)、ぴったりパンツを非ボクサー型と呼んでいますが、日本語的に言えばトランクスかそうでない方(ブリーフやビキニ型など)か、といったところかと思います。

パンツのタイプと精巣の機能との関係では、緩めのパンツのグループはぴったりパンツのグループと比較して、精子の濃度が高く、総数も多いことがわかりました。また緩めグループでは卵胞刺激ホルモン(Follicle Stimulating Hormone、FSHと呼称)がぴったりグループより少ないこともわかりました。

緩めのパンツを主に履く方が、ぴったりフィットするパンツを履くよりも、精子を多く生産し濃度も濃いものになるようです。

FSHは精子形成に重要とされているホルモンですが、緩めグループで少なくぴったりグループの方が高かったということは、ぴったりグループでは精子の生産が落ちたために、たくさんのFSHが体内で生産され、精子の生産量を上げようとしたようです。それでも緩めグループに量と濃さでは敵わなかった、ということになります。

 

ただし、この研究では最初に述べているように、不妊治療のために病院を訪れているカップルのうちの男性を対象にして調査された結果です。その不妊治療が男性、女性のどちらに原因のあるものかはわかりませんが、世間一般の男性を対象とした場合には、結果が異なる可能性もあります。

そのため、すぐに履くパンツを変えようとは思う必要はないと思います。将来、一般的な男性を対象とした調査結果が出た時、世界のパンツ市場の勢力図は大きく変動するかもしれません・・・。

 

より良い医療を届けるために、頑張ります。

2018年8月30日

サプリメントの臨床研究

厚生労働省のホームページにある「臨床研究法について」のページで、「1-1.臨床研究法(平成29年法律第16号)」の「参考資料:臨床研究法の範囲について」が、人知れず(知らなかったのは私だけかもしれませんが)更新されていました。

新たに制定された臨床研究法が及ぶ範囲、つまりどこまでが法の適用を受け、どこからが対象外なのかという境界線の解釈について、法の施行前から、2018年4月の施行後、現在に至るまで議論が続いています。それほどわかりにくい法律だということですし、後から法律違反だと言われないために臨床研究に携わる我々は学会やセミナーなどに参加したり、厚生労働省の医政局研究開発振興課に直接問い合わせたりして情報を求めています。

そんな中、7月30日にQ&A(その4)が追加掲載されたこともあり、ますます解釈論が活発しているところでの「臨床研究法の対象範囲について」の更新です。全部で6ページあり、初めの2ページはこれまでと同様の図が掲載され、また臨床研究法における臨床研究の定義が示されていました。

3ページ目以降が新しい内容でした。「いわゆる「サプリメント」等の臨床研究について」とのタイトルで、食品として販売されている物やその成分が患者に対して病気などの治療に効果があるとうたうことを目的とした研究が、臨床研究法が規定している臨床研究に該当するのか、という課題です。これはQ&A(その4)の問60として掲載されています。この問いに対する回答では、病気の治療に対する有効性(効き目)、安全性(有害事象)を評価することを目的として研究する場合は、その物を単なる食品ではなく、厚生労働省が承認していない医薬品を使った臨床研究として、法に規定する臨床研究に該当する可能性があるとしています。法に規定された臨床研究に該当する、とは、サプリメントや食品として販売されている物であっても「病気の治療に対して効き目があるとか安全だと言うためには、科学的・倫理的に検討した実施計画を組み立て、信頼性のあるデータを出してから主張してください」ということです。

健康食品やサプリメントなどで過剰な表現をしてあたかも病気を治す効能を持っているかのような宣伝をしているものがありますが、いずれも科学的な根拠が示されない限り、してはいけない宣伝であり、その効能はないと考えるべきです。いわゆるプラセボ効果によって、飲んだ人の一部には効果を実感した人もいるかもしれません。しかし、科学的なデータとは、プラセボ効果など正当な評価をするうえで妨げとなる偏りをできるだけ排除して計画された試験計画に則って実施されるため(それでも偏りを完全に排除することはとても難しい)、真に効果があるのならプラセボ効果を上回る効果を示すことが期待されます。

しっかりとした根拠データも持たない健康食品やサプリメントが世にはびこることの無いよう、科学的な臨床研究に基づいて健康的な社会の実現に貢献していきたいと思います。また、いかがわしい物を見極める目も、養っていきたいと思います。

 

より良い医療を届けるために、頑張ります。

2018年8月27日

 

少しでも助けになったのなら

高校時代の同級生が「うつとの上手なつき合い方: 二度の病気休暇・復職の経験者だからわかる“うつ病対策”」という本を2017年1月に上梓したとの知らせを受けて、自分のFacebookに紹介コメントを書きました。

この本の著者はいまだ闘病中であり、それでも復職して、自分なりに考えたうまく付き合う方法を本にまとめていて、同じく闘病している読者に対して、同志に語り掛ける構成になっています。

自分自身はうつではないのですが、とても読みやすく感じていたところでした。

honto.jp

 

昨日、ネット上のサークルで飲み会があり、参加してきました。

そこで、Facebookではつながっているのですが直接会うのは久しぶり、という友人から、私のFacebookで上記の本の記事を見て、当時うつに悩んでいたらしく、この本を買って読んでみた、という話を聞きました。

どうだった? と聞くと、彼は笑顔で、なんか元気が出た、と言い、久々の再会をジョッキの乾杯で祝いました。

離れていても寄り添うことができたのなら、何かしらの助けになれたのなら、良かったです。

 

よりよい医療を届けるために、頑張ります。

2018年8月6日